『天使のたまご』観覧記 ーラブストーリーとしての少年と少女ー

11月30日。Japan comic art expoのために上京しておりましたが、二日目は少し早く切り上げて渋谷区の映画館『CINEMA QUINTO』を訪れました。

目的は押井守監督作品の『天使のたまご』を観るためです。

この天使のたまごという作品、極めて作家性が強く――というより作家性だけで構成されているようなアニメーションでして分かりやすい観客サービス――分かりやすくかわいいキャラクター・わかりやすいシナリオ・分かりやすい娯楽要素(暴力、ヌード、スピード感)等を一切排除した異様な作品です。

私も押井守ファンの端くれとしてDVDは所有していますが、それでもそう何度も観たわけではありません。ですが、四十年の時を経て劇場公開されるとあれば観に行かないという選択肢はあり得ません。

ということでジャパコミから退却後にそのまま渋谷に向かいました。

 

渋谷駅という巨大駅に広告があるというのは嬉しかったですね。あぁ、本気でやっている企画なんだって

 

渋谷駅の改札を抜けると目の前に『天使のたまご』の宣伝広告が掲げられていました。駅でも宣伝をしているということはマイナーな作品が、ひっそりと上映されているということではなく、配給側もかなり気合を入れている企画であることが分かります。

CINEMA QUINTOはそれほど大きな映画館ではありませんが、中に入ってみると『天使のたまご』のグッズ販売があり。長蛇の列ができていました。これはかなり意外だったといいますが、正直ここを訪れるまでは「果たして自分の他に観客がいるんだろうか…?」と余計な心配をしていたのですが、『天使のたまご』という作品が四十年経った今もこれだけの熱を生み出しているのは、なんといいますか我がことのように嬉しくなりました。

また劇場の下のフロアでは『天使のたまご』企画展も開催されており、イメージボードや彫刻が多数展示され、天野喜孝氏の解説映像も流されておりました。これもかなりの予算がかかっていることでしょう。もうこの時点で来て良かったとしみじみと思いました。公開当時に意味が分からないとか、難解すぎるとか(今でも言われているか…)言われている作品でもこれだけの企画を生み出すエネルギーを秘めていたのですから。

 

 

私はハンカチを購入しました。ハンカチという優しいアイテムが天使のたまごにピッタリしています。

 

いよいよ上映開始目前となり劇場内に入りました。(グッズ売り場が混んでいて上映時間前に入れるかちょっと焦りました、汗)

中程度の広さの劇場ですが、客入りはおそらく3割から4割程度だったでしょうか。事前予約の時点で見やすい席は大体埋っていました。

観客の年齢層も色々で若い人も多かったのが意外でした。また海外の方もちらほら見かけましたね。(グッズをどっさり買っていかれて流石だなと)

 

そして映画を鑑賞しましたが、ここでは内容の詳しい紹介はしません。私なりにこの『天使のたまご』という世界観を読み解いてみたいと思います。関連書籍をすべて読んだわけではないので的外れなことを言っているかもしれませんが、私の独自解釈ということで。

 

アニメーションという名の演技

まず、最初に感じたことは作画の凄まじさです。これは単に絵が綺麗だとか、動きが滑らかだとかいうことではなく、絵によってキャラクターの感情を完璧に表現しきっていることにあります。

この作品は登場人物が二人しかおらず、しかも台詞も少なめです。それでも登場人物――特に少女の心境というのは良く伝わってきます。シナリオそのものが非説明的で難解であるにもかかわらずです。

誰もいない死んだ都市で一人暮らす少女。彼女なりの生活のリズムがあるようです。

と、そこに異様な形をした赤い戦車が多数通り過ぎます。そして最後尾の戦車が停止し、一人の少年が降り立ちます。(少年のようであるし、青年にも見えるし、また老人のような顔をしています)

ある種の規則的、習慣的な生活を送っていた少女の前に唐突に現れた謎の来訪者。

この時に少女は少年から逃げるように走り出しますが、それでも立ち去ることはなく、身を隠しつつ

「あなたはだあれ?」

と、声をかけるのですが、この一連の少女の表情と身振りからは少年に対する警戒心恐れが感じられます。ですが、反面少年に対する抑えられない好奇心も伝わってきます。

 

少年に対する恐れを抱く少女。これほど少女をデフォルメすることなく少女として描いた作品が他にあるでしょうか。少女である、ただそれだけの事実がたまらなく美しいのです。
(出典:THE ART OF 天使のたまご 発行:株式会社徳間書店)

 

変化が無かったであろう少女の生活に少年という変化が訪れ、それは少女の行動にも表れます。

瓶に詰めた水、瓶に入ったジャム(?)のような赤い液体を用意して鞄に詰めます。このシーンはまるでピクニックに出かけるような高揚した感情が、少女の顔に浮かんでいます。

それを出かけた先で飲み、食べる少女。ジャムのような物体も指先ですくって舐めるのみです。水にせよジャム(?)にせよ、少女が口にするのは液体だけなのも印象的です。

そして自分の傍に佇む少年に気がつく少女。少年に対しておずおずと瓶の水を差しだします。ここで警戒心が少し緩み、好奇心が強くなる少女。

ですが、少年は首を振って断ります。それに対して残念そうな少女。

少年は少女が温めるたまごの中身を知りたがりますが、少女はなかなか教えようとはしません。それでも二人が同じ時間を過ごしているうちに少年の心境にも変化が訪れたのか、自分の話をし始めます。

自分がどこからきて、どこへ行き、なにをしようとしているのか――少年は何も思い出せないと。そして少年が自分の前から消えてしまうのではないか、と感じた少女は寂しそうな顔をします。

自分の心情を打ち明けた少年に少女は好意が高まったのか、それまで隠していたある場所へ少年を案内します。この時に少女は少年の手を引っ張ってそこに連れていきます。まるで恋人同士のようです。出会った時の警戒心が嘘のように消えています。

そして最後の絶叫

 

文章では表現しきれませんが、少女と少年の心の動きが、絵によって見事に表現されています。これぞ映像表現であり、演劇であるでしょう。説明が無くても登場人物の心が分かるのですから、この時点で『天使のたまご』という作品が一級品であることが分かります。

 

少年と少女の関係性とは――?

これは観た人の数だけ解釈があるでしょうが、私は少年と少女の関係というのは恋愛関係、ラブストーリーであったと受け止めています。

少女はアニメ的にデフォルメされることなく10歳程度の肉体として描かれています。小さな手が実に少女の幼さを感じさせます。その少女が卵を自分の服に入れてお腹が膨れている様は、10歳の少女が妊娠しているとしか見えず、凄まじい背徳性を感じます。これはおそらくスタッフ側も意図している描写だと思います。

 

なにかいけないものを観てしまったような背徳性を感じます。(出典:THE ART OF 天使のたまご 発行:株式会社徳間書店)

 

少年は謎の存在ですが、それでも雨が降ると少女を自分のマントの中に庇ってあげようとします、それを拗ねて拒否する少女。

しかし、『漁』をする集団が現れると堪らず少女は少年にしがみつきます。

同じ時間を過ごし、少女は少年に好意を抱き、自らの大切な『天使』の基に案内します。実に嬉しそうに私が卵を孵してこの天使を再び蘇らせるのだと語る少女。

ですが、その『天使』を観た少年の顔が歪みます。まるで不吉なものを観たかのように。終始無表情な少年の表情が変化するのはこのシーンだけです。

その夜(昼?この世界に時間の概念があるのかすら分かりません)、ベッドで眠り続ける少女の傍で座り込む少年。長い長い時間が経った後、焚き火は消え、少年はゆっくりと立ち上がります。

そして『少女の卵』を取り上げ、床に置き、少年は自らの『剣(銃?)』を高々と掲げるとその卵に剣を突き立て、卵は無惨に砕け散ります。

目が覚めた少女は(ここが冒頭とリンクしている)少年が消えていること、そして大切な卵が割られていることに気がついた少女は悲痛な叫びをあげます。

少女の卵に少年の剣を突き立てる――これはどう考えても性交、セックスの暗喩としか思えません。それを考えると少女がジャムを選ぶ際、緑色のものは投げ捨てて、赤色のものを選び、それを舐めていたというのも意味深に感じます。

 

少女は少年を追いかけますが、深い崖に落ちてしまい、水没します。

そこでもう一人の大人の女になった自分と遭遇し、少女は大人の女へと変貌します。少年に剣を突き立てられ、涙を流したことで少女は大人へと変貌したのです。

天使のたまごというのは事実難解な作品ですが、この部分だけを素直に観れば、シンプルな恋愛映画なのだろうと私は解釈しています。少女は少年と交わることで女として成長したのですから。

極めつけは大人になった途端に少女は水没に耐えることができなくなり、断末魔の吐息をつきます。水面に浮かび上がる少女の息は多数の「たまご」に変化します。

少年に剣を突き立てられた少女はまた「たまご」を生み出したのです。

ラスト、佇む少年の眼前に水中から巨大な瞳が現れます。多数の石像が立ち並び、そこには女性の石像も数えきれないほどあります、それらは全て成人女性の姿として描かれています。

しかし、その群れの中に『少女』が少女のままの姿で石像と化していることを発見する少年。

この意味ですが、私は少年にとって少女とは特別な存在であり、その姿を永遠にとどめるべく、成長した女の姿ではなく、少女のまま石と化したのだと解釈しています。

だから、少年にとって少女とは繰り返される出会いと別れの存在ではなく、唯一無二の存在であったのだと――

また、少年が『天使』を見つけた時に禍々しいような顔を浮かべたのも少年にとって『天使』とは少女と別れざる得ない不吉の象徴だったのではないかと。

あれさえ見なければ少年は少女といつまでも一緒に生活していたのではないか。しかし、少年の想いに反して少女はそれを少年に見せたかった――

そのすれ違いが最後の別れに繋がっていたということを考えるとこれは恋愛劇であり、失恋劇だったのではないか――というのが、私の天使のたまごへの勝手な解釈です。

それにしても冒頭で少女がゆっくりと水没していくシーンがありますが、少女は平然としています。ですが、少女が大人の女になった瞬間、水没に耐えられず窒息してしまうのですが、なぜ少女では耐えられたことが女になった瞬間、そうなってしまうのでしょうか?このあたりにもこの作品を解く鍵があるような気がします。

そして徹底して『水』が鍵となるストーリー。街は水没し、少女が口にするのも水(ジャム)だけ、少女が放尿していると思わしきシーンすらあります。ノアの箱舟が基礎にあるのは分かるので水が重要な意味を持つのは当然かもしれませんが、徹底していますね。

 

 

 

 

最後に…根津甚八の演技の素晴らしさよ…あの声を聴くだけでもこの作品を見る価値があります。どこまでも奥深く、生きることへの悲しみをたたえた声…素晴らしいです。

 

アヴァロン Avalonの二次創作を考える

大好きな作品なのですが、まあマイナーですよね…ワルシャワ行ってみたいなぁ~


私は現在、押井守監督の映画『アヴァロン Avalon』それを原作とした小説『Avalon 灰色の貴婦人』の二次創作小説を書いています。

www.pixiv.net

このアヴァロンというのは要は究極の進化を遂げたオンラインゲームの話です。今現在のオンラインゲームはモニターやコントローラーを通してプレイヤーはそのキャラクターを操作しますが、アヴァロンでは電脳世界にアクセスすることでプレイヤーがそのままプレイヤーキャラクターとして己の五感を通して操作することになります。

つまり現実と仮想空間の垣根がほとんどない世界となっています。(このモチーフは押井守作品ではお馴染みです)

そしてアヴァロンの基本的なゲームデザインロールプレイングゲームウィザードリィ Wizardry」の世界観を踏襲しています。ウィザードリィは日本においてはRPGの王道とは言い難いかもしれませんが、それでも人気のあるシリーズであり、現在に至るも新作が作られ続けています。

ウィザードリィが大好きだった押井監督が、これが金になればなぁと思ったのがアヴァロンのきっかけだそうです。

 

ウィザードリィの特徴はそのキャラクターメイクの自由度にあります。プレイヤーは最大六名のキャラクターでパーティを編成します。

キャラクターは〈職業〉というクラス分けがされており、その能力、特徴によって戦士・僧侶・魔術師・盗賊・司教・忍者…と数多くの種類があり、それぞれが一長一短があってそのパーティ編成センスがまず求められます。

ウィザードリィは基本的に〈剣と魔法〉の世界ですが、アヴァロンではこれを〈銃と火薬〉の世界に置き換えているのが特徴です。より具体的に説明すると現実に存在する歩兵の携行火器でウィザードリィ的に戦うというのが、アヴァロンというオンラインゲームです。

〈職業〉クラスにしてもウィザードリィはシリーズが進むにつれて数が増えていきますが、アヴァロンでは四つしかありません。

・戦士〈ファイター〉ーー体力に優れ自動小銃を中心に歩兵が持つ基本的な武器を使用できる戦力の中核。ただし、他の職業のように特殊技能を持たない

・司教〈ビショップ〉ーー使用できる武器は戦士よりも軽威力だが、指揮統率能力を持ち、パーティの戦力を底上げすることが可能

・魔術師〈メイジ〉ーーロケットランチャーや携行ミサイルといった重火器が装備可能であるが、成長スピードが非常に遅く、その運用にも多大なコストがかかる

・盗賊〈シーフ〉ーー武器は最低ランクの物しか装備できず、戦闘ではほとんど役に立たないが、トラップや鍵の解除が可能であり、パーティの裏方的存在

 

…という棲み分けになっています。戦闘のことだけ考えれば全員戦士にしてしまえば良さそうなものですが、盗賊を入れなければトラップで被害を受けたり、待ち伏せに遭う危険性が増大します。魔術師は成長が遅く、金食い虫でパーティを悩ませる存在ですが、敵キャラクターとして戦車や戦闘ヘリコプターまで登場するアヴァロンにおいてそれらを唯一撃破可能なのが魔術師です。

司教は――正直映画や小説を観てもいまいち必要性がよく分からなくて作中でも司教不要論が唱えられているようですが、おそらく優秀な司教がいるだけでメンバーのパラメーターが上昇するといった能力があるのではないでしょうか。また、ハイレベルの司教となれば戦士並みの重装備が可能になり、「ソロプレイヤー」として活躍できるようになるのも司教の旨味のようです。

 

さて、長々とアヴァロンの世界観についてご説明しましたが、私が書いている小説では次回かその次の更新でアヴァロンの世界における戦闘—―銃撃戦を描くことになります。ある程度はリアリティを出したいので現実の戦闘原則を調べて取り入れたいと思っていますが、ここで一つ気になることがあります。

前述したようにアヴァロンというのは最大六人でパーティを編成し、戦闘に臨みますが、この人数的な部分だけを見れば現実の軍隊の分隊や班といった単位と酷似しています。

では分隊や班の戦闘原則がそのままアヴァロンにも応用できるのではないか?当然そのように考えてしまいます。確かに似通っている部分もあるでしょう。

しかし、決定的な意味でアヴァロンと現実の分隊・班は異なっていると断言できます。

何故なら軍隊における分隊や班というのは大きな組織の中での一つの単位に過ぎません。分隊の上には小隊(約50名)があり、小隊が四つほど集まって中隊(約200名)になり、中隊が集まって大隊や連隊となり、その上には師団や旅団があり、さらにその上に軍団があり、それら全ての上には国家という最大単位が存在します。

ところがアヴァロンにおいては六名のパーティが最大単位であり、これ以上も以下も存在しません。AというパーティにとってBというパーティは敵ではありませんが、決して味方でも上級部隊でもないのです。これは現実の軍事組織においては絶対にありえないことであり、想定することすら無意味です。

さらにアヴァロンにおいては補給や移動といった概念も全く現実とは異なります。アヴァロンにおいてプレイヤーがそのミッションにおいて使用する武器弾薬は全て己が持ち運ぶものであり、撃ち尽くしてしまえばそれでおしまいであり、集積地に取りに行くようなこともできません。(例外的にフィールドに隠された宝箱の中に弾薬が入っていることがあるようですが、それには盗賊の能力が必要です)

移動についても同じでアヴァロンでは全て徒歩移動であり、航空機やトラックで移動することもできないようです。

また現実の兵士は武器弾薬以外にも食料、衣服、燃料、土木工具なども持ち運ばねばなりませんが、アヴァロンでは純粋に戦闘だけが求められるのでそれら物品も存在しません。そもそもアヴァロンの世界で腹が空くことも無いようです。

 

それらを考えてみるとアヴァロンというのは極めてリアルな空間でありつつ、現実とは全く違うことがよく分かります。現実の前提がそもそも存在しない、通用しない世界であってその仮想空間における戦闘に現実の戦闘原則を当てはめても意味があるのでしょうか?そもそも上級部隊が存在しないという時点で論外な気もするのですが…

銃を持って走り回り、敵を撃つということだけは現実とリンクしますから、その運動の部分だけは参考になるのかもしれませんが、それ以外は全てオリジナルの戦闘原則が必要になるのかもしれません。

それはそれで楽しそうですが、なかなか書くのは苦労しそうです。(そもそもアヴァロンって敵勢力の人数や装備もハッキリしていないのです。AKが中心であるような描写はありますが、AKも十分強力な銃ですから、敵勢力が多数ならかなりの強敵になるはずです。そこら辺のバランス感覚も二次創作には必要になるでしょう。)

と、そんなところの悩みをまとめるために文章にしてみました。

はまぐり姫と草薙素子

いきなりですが、ゲームや漫画、アニメの創作上のキャラクターって良いですよね。実在しないのは分かっています。でもその影響力たるや実在するとかしないとか、そんなもんチンケな問題でしかない圧倒的な己が人生に与えるパワーであふれています。

そして私は男ですから、そこはもう女性のキャラクターに対する興味関心で一杯です。その中でも私のこれまでの自己主張をご覧になられた方は察せられたかもしれませんが、私にとって重要な意味を持つ女性キャラのツートップとは草薙素子はまぐり姫であることは論を俟ちません。

私の中で一切の迷いなくこの二人が大切な存在であることは間違いありませんが、でもよく考えたらこの二人って共通点がないですよね。では、なぜ私はこの二人が好きなのか?そこに迫ってみたいと思います。

 

はまぐり姫

尊敬する辻野先生のコミッション。勿論はまぐり姫とは全く関係ありません。(すっとぼけ)いや本当に髪形も違いますし別人です!

 

そもそもの出会いとしては、はまぐり姫の方が先でした。あれは確か私が小学生高学年の時だったと思いますが、父の職場の同僚の方からPCエンジンSUPER CD ROM2とソフト一式を譲り受けた時に天外魔境Ⅱも含まれており、その時が出会いでした。

確かにその時もはまぐり姫の持つ物悲しいエピソードは子供の自分にとって印象的でしたし、心に深く刻まれました。

…とはいえその時点では呪いレベルで自分の精神にはまぐり姫が喰い込んできたかというとちょっと違うかと思います。

ではどのタイミングで呪いレベルになったかというとそれは近年コミッションイベントに参加するようになってからだと思います。

生みの親である辻野先生や天外魔境仲間の皆さんと実際に顔を会わせて交流し、そして辻野先生に様々なコミッションを描いていただくようになってから、はまぐり姫の美しさを再発見しました。

そうか、はまぐり姫ってこんなに美しくて素敵な存在だったんだ…と後天的に気がついたといいますか、魅力を再発見したという感じです。それが祟ってはまぐり姫の原型を追い求めて日本各地を旅するようになりましたし、演じられた潘恵子さんに会いに行くようになったのですから、そらもう呪いとしか言いようがありません。(宿屋に泊まっても解除されないタイプ)

 

はまぐり姫の原型が知りたくて飛騨高山の山奥にまで行きました。

 

そもそもですが、後述するように私が髪の短い女性以外に心惹かれるというのは例外中の例外なわけです。そんな例外に属する時点ではまぐり姫というのは素敵極まる存在なんですよね。

 

草薙素子

そしてもう一人の呪いレベルで好きなのが草薙素子です。一応断っておきますが、私にとって草薙素子とは士郎正宗の原作版と押井守の劇場版のそれであり、それ以外の素子は素子ではありません。(とはいえハリウッド映画版のスカーレット・ヨハンソン演じる素子も弱さを感じられてあれはあれで好きです)

 

敬愛する堀内先生筆のショートカット女性。勿論素子とは全く関係ありません。(すっとぼけ)

 

私と素子の出会いは確か高校二年の時でした。当時まだレンタルビデオ(VHS!)が盛んでしてそこで借りたビデオが出会いでした。

どこで攻殻機動隊を知ったのかは今となってはあやふやですが、おそらくBSで放送していたこれまた押井守監督のパトレイバー劇場版を観ていたく気に入って、その流れだったように思います。

初めて観た攻殻と素子ですが、もう全身に電流が流れるような衝撃がありました。なんて深いストーリーなんだろう。なんて素晴らしい演出なんだろう。そしてなんて美しい人なんだろう――その瞬間完全に心が奪われました。

その影響もあって今もコミッションイベントで先生方にお願いするコミッションの女性の髪形は全員ショートカットです。髪が短い女性にしか興味が湧かない――私にとって素子とは魂レベルで影響を与えてしまった存在なのです。

挙句の果てにはグアムという海外にまで素子を感じるべく、実弾射撃にまで訪れるようになったわけです。

素子が撃った銃を自分も撃ちたくてグアムまで行きました。

さて何の話がしたいのかよく分からなくなってきましたが、無理やりまとめるとするとはまぐり姫への感情は後天的なものですが、素子への感情は先天的とでもいうべきでしょうか。どちらにせよこの二人に脳の大部分が浸食されているといっても過言ではありません。

そしてそれはとても幸せなことだと思っています。

さらに余談(全部余談みたいなもんだけど)として私は現在絵の練習をしています。目的としては自作小説に自分で挿絵を入れるというものです。自作といっても二次創作が主ですから、要は自分が好きなキャラクターの絵を描きたいということになります。つまりは天外魔境攻殻機動隊のことです。(勿論それ以外の作品もあります)

私の絵の練習はテキストに載っているサンプルをひたすら模写する方法をとっていますし、それが一番近道だとも思っています。ただ、テキストというのはある種無機質で無感動なものですから、そればかり描いているとつまらなくなるのも事実です。そういう時は自分の好きなキャラクター…つまり素子やはまぐり姫を描きたくなります。

ですが、悲しいかな今の私の技量では酷い出来の彼女らに仕上がってしまいます。まぁそこは事実なので受け入れるしかないのですが、なぜか素子をヘタクソに描くことはそこまで抵抗がないというか、まぁ仕方がない…と思えるのですが、はまぐり姫をヘタクソに描くことはものすごい抵抗があります。

おそらくですが、素子は(特に押井守版)ごく普通の女性としてデザインされていますが、はまぐり姫は縦ロールの金髪御姫様ですから、難易度も違うというのがあるでしょう。素子の場合似ていなくても「いや、これは普通の女性です」と逃げれますが、はまぐり姫の場合言い逃れしようがない特徴的なデザインですからね。

無理やり言語化してみると素子というのは自分の実生活において同じ目線で見ている気がします。つまり職場にいて欲しい、なんなら自分の上司であって欲しい、キビキビ俺に指示を出してくれて、俺はその支持を基にキビキビ働きたい…って存在なのかなぁと。

はまぐり姫の場合、全然違ってあくまで一段高いところにいてくれて、こっちはそれを口半開きでポカーンと眺めていて、あぁ綺麗だなぁ…と思わせて欲しい、仕事なんてしなくていいから、俺が生活費は稼いでくるから…というアイドル的な見方をしてるのかなぁと思います。

 

 

というわけで散々意味不明極まることを述べてきましたが、結論するならこの二人を無理やり関係づけるとすれば天外魔境の原型は古事記日本書紀です。そして草薙という名前は草薙剣--つまり日本神話においてヤマトタケルの帯剣です。そういう意味では、はまぐり姫と草薙素子は関係があるのです!…たぶん

夢の実弾射撃INグアム その5 ~FN P90編~

グアムは当たり前のように野良鶏がうろついています。あと写真に撮れませんでしたが、野良豚もいましたね。ドラゴンみたいなデザインをしたトカゲもいましたし、そういう面白さはありますね。



※引き続きグアムはGOA様での実弾射撃レポートです。

さて前回はサブマシンガン(短機関銃)編ということでドイツ製H&K MP5をご紹介しました。今回はもう一つのサブマシンガンをレポートします。

…と言いたいところなのですが、その前に余談としましてそもそもサブマシンガンの定義というのは「拳銃弾を全自動射撃可能であり、拳銃よりも大型の銃器」であることは基本的に間違いではないと思います。

MP5は拳銃弾として非常にポピュラーな9mmルガー弾を使用し、肩当も付いており射撃時の安定性を重視しているというまさしくサブマシンガンの定義を満たしておりました。自動小銃より威力射程で劣りますが、その分軽量低反動で扱いやすい…それがサブマシンガンの立ち位置です。

そして今回ご紹介する銃ですが、サブマシンガンといえばサブマシンガンなのですが、そう言い切ってしまうとガンマニアの諸先輩方から「違う!」をお叱りを受けるようなブツかもしれません。

それがFN P90ーーPDW(パーソナルディフェンスウェポン・個人用防衛火器)です。

 

これぞFN P90 正確には銃身を延長した民間版。ちなみに素子のモデルの銃ということもありコスプレして撃ちたい気もありましたが、暑いので断念。

FN P90

繰り返しになりますが、拳銃弾を使用するサブマシンガンの長所というのは軽量・低反動・取り扱いの容易さにあります。短所はその裏返しでして低威力・低射程・低貫通能力であり、この弱点を克服しているのが後日レポートする自動小銃です。

拳銃弾の短所である低威力って致命的なんじゃないの?攻撃力は強ければ強いほどいいじゃん!…と思われるかもしれませんが、短所と長所は表裏一体という話であり、確かに自動小銃弾は大抵のモノをぶち抜く高火力があります。犯人の身体をぶち抜いて人質にまで当たってしまう程に…ここに低威力の拳銃弾の生きる道があるわけです。MP5が対テロ作戦部隊の定番であるのはそういうわけです。

ただし、これも表裏一体でしてやはり低威力というのは問題であり、相手が防御力を高めていたら、つまり鉄帽や防弾ベストなどで身を固めていたら厳しいものがあります。さらに威力が低い――発生するエネルギーが低いということはそのまま有効射程の低下にもつながります。うろ覚えで申し訳ありませんが、確か自衛隊の小銃射撃の距離は200メートルで実施していましたし、照準自体は400メートルでも狙えるよう設定されていました。拳銃弾でこの距離はそもそも想定すらしていないかと思います。狭い室内、飛行機内、市街地での対テロ、対犯罪用途ならここまで長い射程はいらないかもしれませんが、戦争という原野、山岳、砂漠といった広大な土地条件下では低エネルギーの拳銃弾では厳しいというものです。

じゃあ、みんな自動小銃を持てばいいじゃん…となりますが、これも表裏一体で基本的に自動小銃というのは長くて重いものです。歩兵はそれが仕事なので仕方ありませんが、それ以外の職種、つまり衛生兵や通信兵であったり、はたまた戦車やトラックの乗組員にとって長くて重い自動小銃を本業の物品(衛生用品や無線機)とは別に持ち、狭い車内に持ち込むというのは大変なことです。さりとて軽量コンパクトなサブマシンガンの短所は前述したとおりであり、どうすりゃいいの…?という問題になっているようです。(実際、戦車兵は今でも拳銃よりはマシと割り切ってサブマシンガンを自衛のために戦車の中に置いているそうです)

 

で、それら問題を解決すべく生まれたのがPDW(パーソナルディフェンスウェポン・個人用防衛火器)というジャンルだそうです。

ここまでわかったようなことを述べてきましたが、私がこの銃ジャンルについて詳しく知っているわけではありません。ただ、素人なりに述べさせていただくならこのPDWというのは要は自動小銃短機関銃良いとこどりなんですね。(中途半端ともいう)

サブマシンガンの軽量コンパクトさは維持しつつ、貫通力の強い弾薬を使用することで自動小銃の威力も付与したものになります。

そしてその代表的な銃器であり、私が今回撃ちましたのがFN P90になります。

 

…とまぁここまでは全て前振りです。銃器の正しいカテゴライズなど私が口をはさむことではありません。なぜ私がこのFN P90が撃ちたかったか、そして撃ったか、といいますとそれはもう…

 

CZN-M22はこうやって並んでみるとP90の滑らかさにオーソドックスな武骨さ・堅牢さを組み合わせたデザインであることがよくわかる。
出典:株式会社大日本絵画 押井守・映像機械論[メカフィリア]より

高校生の時にこのヘリの中で佇む素子を観て震えるくらい美しいと思いました。死地に赴く素子の手にはCZN-M22が握られています。
(出典:THE ANALYSIS OF 攻殻機動隊 ヤングマガジン編集部・編より)

バナナマガジンを採用したことはスタッフ間でも賛否があったようですが、個人的にはバナナマガジンにしたことで全体のデザインが引き締まったように感じますので正解だったと思います。(出典:THE ANALYSIS OF 攻殻機動隊 ヤングマガジン編集部・編より)

ピストルグリップにブルパップ方式というデザインは押井守監督作品であるケルベロス地獄の番犬に登場した86式自動歩槍との関係も感じられる。押井監督の好みのデザインでもあるのだろうか?(出典:THE ANALYSIS OF 攻殻機動隊 ヤングマガジン編集部・編より)

私が愛してやまない押井守監督作品「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊において草薙素子が使用する銃「クルベナ・ツァスタバ・ノスレ CZN-M22--ナインウェポン」のモデルであるということに尽きます。素子が撃っていた銃(のモデル)を自分も撃てるなんてこれは絶対に経験したいだろうというものです。言ってみれば規模のデカいコスプレみたいなもんです。

さて撃つ前に他の銃と同じく自分で弾倉に弾込めをするのですが、これに大苦戦しまして…Wikipediaから借りてきた画像にありますようにP90の弾倉はかなり特徴的です。

普通の弾倉であれば上から弾を押し込んでいけばどんどん弾は込められていきます。ですが、P90は変わったシステムでして銃弾を押し込むと弾倉内で半回転して収められるのですが、押し込む角度にコツが必要でしてそれを掴むまでは大苦戦しました。文章では説明が難しいのですが、本当にちょっとした角度の問題でしてこれが掴めるまで悪戦苦闘して押し込む親指が痛くなるほどです。

ここから半回転して弾倉内に収まるのだが、押し込む角度にコツが必要で慣れるまで苦労すること間違いなし(出典:Wikipedia)

ちなみにこれもWikipediaから借りた画像ですが、これが使用する5.7×28㎜弾ですが、見て分かる通り本当に小銃弾をスケールダウンした形状なんですよね。拳銃弾というのはもっと丸っこくて太いのですが、この時点で新しい設計思想があることが伺えます。

一目見ただけで「当たったらよく貫通するだろうなぁ~」と思う鋭い弾ですね、弾というか「矢」という印象すらあります。ただ、やはり弾込めは訓練を受けていても難しいのではと思いますから、戦闘の最中に弾込めすることはそもそも想定していないんじゃないかと思います。この弾倉自体が50発という大容量がありますから、そこでカバーしているのでしょうね。

傍目には自動小銃弾としか思えないが、実物は鋭く細い形状であり、まさしく矢のような鋭さがある。(出典:Wikipedia)



そしていよいよ実射なのですが、感想としてはMP5以上に撃ちやすい、というかほとんど反動というものを感じません。9㎜ルガー以下の反動であり、銃を撃っているという感覚すら曖昧になりそうです。この低反動で威力も兼ね備えている(たぶん)のですから、やはりサブマシンガンとは違うジャンルなのかもしれません。

ですが、素人なりに感じた欠点もあります。見て分かる通り既存の銃とは一線を画すデザインをしておりますし、弾倉交換の癖の強さは述べた通りです。人間工学に沿ったグリップも確かに滑らかに手に収まりますが、それでも他の銃とは勝手が違います。この勝手が違うというのが問題でオーソドックスな銃しか扱ったことのない、兵士や警官にとっては戸惑うのではないでしょうか?実際私は戸惑いました。(国産小銃の経験と比べて) オーソドックスな自動小銃とこのP90をどちらも使えといわれたら余程訓練されていなければ混乱を招くというものでしょう。

あともう一つ見逃せない欠点としてこの5.7×28㎜弾ですが、値段が高いんです!GOA様では10発で60$するのですが、9mmルガーなら25発で50$であり、倍以上の値段がします。(ちなみに一般的な小銃弾である5.56㎜NATO弾は10発で25$。帰宅してから気がつきましたが、小銃弾と比べても倍の値段がしたとは…そりゃ広まらないわけです)

PDWというジャンルが世に出たのは当時大騒ぎになった在ペルー日本大使公邸占拠事件で鎮圧部隊が使用してからだそうですが、その割に広まっていないのはこのコストの高さもあるでしょうね。

銃弾というのは大量に消費するものですから、何千何万発も注文するとなるとこのコストの高さは無視できないはずです。偉いさんにとっては「じゃあ安い9㎜でいいし、威力が必要なら5.56㎜使えばいいじゃん」となるのでは…?

 

とまあそんな銃器業界の問題はどっかに放り投げるとして私にとって大切な存在である草薙素子が使った銃(のモデル)を実際に自分も撃てたというのは本当に嬉しかったですし、素子がより近くに感じられました。

これは、はまぐり姫を近くに感じたくてあちこち舞台巡りの旅をしているのと同じことです。

架空の存在であるキャラクターを身近なものとして感じられる――こんなに素敵なことはないですね。

素子が近くに感じられる。こんなに嬉しいことはありません。

 

夢の実弾射撃INグアム その4 ~H&K MP5編~

物価が高いのでこのおにぎりをよく食べていました。あと鶏皮のから揚げ。
味の方はまぁコンビニ的な感じです。

 

さてこれまでは下は.22口径から上は.44マグナムまで各種の拳銃についてレポートしてきました。一応まだ上にはデザートイーグルで有名な.50AE弾などもありますし、それは今回の旅では撃ちませんでしたが、まぁ.44マグナムまで撃ったのなら拳銃編は全クリアしたといってもいいでしょう。(まず.44マグの時点で撃っていて楽しくないっていう問題があります、笑。それでいうなら.357マグナムも未経験ですからそちらを優先したいなと。)

というわけで拳銃の次は所謂「長物」--つまりライフルやマシンガン系のレポートに移行します。まずは長物といいつつ、使用する弾薬は前述の拳銃弾と同じであるサブマシンガン(短機関銃)編です!

 

H&K MP5

といってサブマシンガンは二種類しか撃っていませんが、その一つがH&K MP5です。

これは一昔前のアクション映画がテレビで盛んに放映されていた世代の人は「あぁ~あれかぁ!」と思うのではないでしょうか。ダイハード、リーサルウェポン、男たちの挽歌、エグゼクティブ・デシション、プレデター…と挙げればキリがない程映画に出まくっていた銃であり、私が大好きな小林源文先生の劇画「オメガ7」でも印象的に使われている銃です。

 

オメガの隊員も愛用。正確には小松たちが使うのは減音器付のSD



現実の軍隊警察組織においても大普及しており、黒尽くめの戦闘服+防弾チョッキ+目出し帽と本銃の組み合わせは特殊部隊の定番イメージとすらいえます。

私も90年代アクション映画で育ってきた世代ですし、まずドイツ人のデザインセンスというのは建築物であれ車やバイクであれ素晴らしいと思っていますし、銃器もその例外ではありません。

特殊部隊といえばこのスタイルにMP5。日本のSAT(特殊急襲部隊)も使っているぞ。



こちらは射撃終了後の記念撮影ですが、私が今回撃ったのは正確にはMP5ではなく、その民間版であるHK94です。ただし本稿ではMP5と呼称させていただきます。

みて分かる通り、銃口がホースの如く延長されていますね。

この通り不自然に銃口が延長しており、ちょっと不格好なのが残念。

またこれは後述する自動小銃でもそうですが、民間版は単発射撃のみで全自動射撃の機能は削除されています。つまり、引き金を一度引くと一発しか発射できず、映画でよくある引き金を弾きっぱなしにしてバババッー!っと打つことは不可能なわけです。

これらは犯罪に悪用されるのを防ぐためでしょうね。銃の全長が長くなれば隠し持つことが難しくなるというわけです。全自動射撃機能の削除は言わずもがな。

しかしですね…サブマシンガンって確かにコンパクトではありますが、それでも拳銃と比べればかなりデカいわけです。そこはストックが固定式のみにするとかで十分なのでは?せっかくMP5というのは素晴らしいデザインをしているのにこの長い銃身のおかげでどこかマヌケな感じがしてしまうのは大変残念なことです。

 

とまあ愚痴はこの程度にして実射に進みます。そもそもサブマシンガンというのはマシンガンという名が付いていますが、使用する弾薬は拳銃と同じ物です。このMP5で使用するのは以前ご紹介したP226やM9と同じく9㎜ルガー弾を使用します。

マガジン(弾倉)に9㎜ルガー弾を込めて銃本体に装着--

と、いきなり話は変わりますが、映画などでMP5が登場した際に登場人物が銃の前方を叩く奇妙な動作をしているのを見たことはないでしょうか?

これぞHKスラップ!
ただし借りものなので強く叩くのは止めておこう。

一番わかりやすいのは初代ダイハードで警報機を鳴らした不審人物(マクレーン)を探しに来たトニーが発砲する寸前にMP5をパチン!と叩いていたやつです。

あれは通称「HKスラップ」という行為でして後退させていたボルト(槓桿)をあの動作で前進させマガジンの初弾を薬室に送り込むためのものです。

非常に印象的な動作でありMP5MP5たらしめるアイコンの一つでもあります。今回そのHKスラップを体験できたのも嬉しかったですね。

 

そしていよいよ射撃開始。これがまた非常に撃ちやすい!反動もほとんど感じられません。それもそのはずで拳銃では手だけで支えていたものをMP5では肩当(ストック)も付いていますし、全身で支えつつ撃つのですから、反動も少なくて撃ちやすいはずです。

そしてよく当たります。なんといいますか、拳銃の場合当たったとしてもなぜ命中したのかよく分からず、言ってみれば「マグレ」で当たった感もあるのですが、MP5の場合命中するのが納得といいますか、「まぁ当たるだろうね」と思えるといいますか。

しかも自動小銃と違って銃本体の重さもそこまでありませんし、構えていても全然疲れません。

そもそもの話ですが、経験してみて分かることですが、拳銃って武器(というより兵器)としてかなり無理がある存在に思えます。まず対象に当たりませんし、安全管理上の問題もあります。これだけの威力のものを両手だけで支えて撃つというところにも無理を感じます。どういう弾種であれ肩当を使って全身で支えて撃つのが基本なのではないでしょうか?つまり拳銃というのは携帯性に全てのポイントをつぎ込んだ非常にバランスの悪い存在なのでは…?と思わずにいられませんでした。

これも妄想話ですが、私は9㎜ルガー編で護身用に持つならSIG P226を選らぶと述べましたが、それは護身用としてであり、最初から戦闘になるのが分かっているのなら迷いなくこのMP5を選びます。拳銃はそもそも当てるのが難しく、事故を起こすリスクが高い。(銃身が短いということは銃口が思わぬ方向に行ってしまうということであり、正直私は拳銃というものはかなり怖いと思っています)

自動小銃は精度や威力は抜群ですが、反動が強く、なにより銃本体の重さがあるので非常に疲れる。(銃に加えて弾倉、水筒、背嚢、鉄帽などフル装備すると本当に肩にめり込んでくる…)

そこへいくとこのH&K MP5は軽く扱いやすい大きさで精度も十分!と良いとこ尽くめに感じます。そりゃあ特殊部隊御用達なのも納得しました。

後の自動小銃編でも述べますが、同じくH&K社のG3自動小銃も大変撃ちやすくて良く当たる銃でしたので結論としては「やっぱりドイツ人はええ仕事しはるわぁ~」ってなものです。

 

 

私は元々バイクや音楽を通してドイツ人に尊敬の念がありましたが、今回の経験でそれがさらに高まりました。



夢の実弾射撃INグアム その3 ~.44マグナム編~

グアムは当たり前のように野良犬がそこら辺をうろうろしていてビビる。日本で野良犬って見ないよねぇ…でもよく考えたら狂犬病とかの危険もあるわけで観光で食っているグアムがそれを放置するか?とも思うので飼い犬なのかな?それはそれで放し飼いにしているのもすごい話だけど…

.44マグナム弾

さて過去二回に渡って9mmルガー弾と45口径弾という二つの代表的な拳銃弾を中心にレポートをさせていただきました。

他にも色々と拳銃弾はありますが、まずはこの二種類が代表的であろうというのは間違いないことでしょう。

では次はサブマシンガンや小銃といった長物をご紹介…と言いたいところですが、もうひとつだけご紹介したい拳銃弾があります。

それこそみんな大好き「マグナム」それも「.44マグナム」のご登場です。

映画やゲームといった大衆文化においてお馴染みのハイパワー弾であり、一撃必殺の破壊力を秘めているのは銃器にさほど詳しくない人でもご存じのことでしょう。

クリント・イーストウッド演じるハリー・キャラハンの使用する弾丸としてあまりに有名であり、ゾンビ退治ゲームにおいてはゾンビの頭を一発で吹き飛ばすあの弾薬です。

やはりこれも撃っておかねばなるまいと思い、6発のみ注文しました。

本当はハリー・キャラハンが使っていたS&W M29を打ちたかったのですが、無かったので「スタームルガー スーパーブラックホークを撃ちました。これはこれでクラシックな落ち着きがあって美しいです。

 

シリンダー全体を外に露出させることができないのでこうやって一つ一つ装填していく。穴が通り過ぎてしまったりとちょっと不便。

 

.44マグナムは他の拳銃を全て撃ち終わってから撃ちましたのでよく違いがわかるというものです。他の拳銃と同じく弾込めを自分で行いましたが、このスーパーブラックホークはシリンダーが外にスイングアウトしないのですね。

シリンダーの一つ穴分だけカバーがかけられていますが、それを外すと一つ穴だけ露出します。そこに一つ弾を込めると自分でシリンダーを一つ分だけ回してまた一つ弾を込めてまたシリンダーを一つ分だけ回して…とこれを繰り返して6発を装填します。

正直かなり面倒というか不便に感じました。まぁかなり設計の古い銃ですし、そもそも弾を多量に消費するような銃撃戦を考慮していないというのもあるでしょう。(おそらくですが、狩猟などのサイドアームとしての存在なのでは)

さて装填も終わりあとはいよいよ撃つだけ。.44マグナムといえばすさまじい反動で有名ですから、どんなもんかとビクビクしながら撃ってみますと。

これが

 

こうなる


上記の画像でその反動が伝わるかと思いますが、想像以上でした。反動の強さも驚きなのですが、手首から肩にかけて骨が軋むような衝撃が走ります。思わず「いってぇぇ!」と叫んでしまいました。

私はそれなりに体格が良いですし、ここまで他の拳銃弾を100発ほど撃ってそれなりに慣れてきていましたが、そんなものがなんの役にも立たない反動の強さでした。

撃ちながらこれは本当に人が撃つための銃なのか?そもそもこんなもん人に向けて撃ったらダメだろう…という思いがフツフツと沸いてきました。他の銃は(小銃含めて)楽しみながら射撃できましたが、この.44マグナムだけは楽しいという感想はなく、いかにこの巨大な反動をやり過ごすか?ということに意識が集中していました。

この.44マグナムは前述したように狩猟のサイドアームとして使われることも多いのでしょうが、十分に訓練を積んでいない人間が撃ったところでとても当たるとは思えません。

 

最終的にはこの程度に抑えられるようにはなったが、手が痛くなるのだけは困った…

 

映画とはいえハリーやトラヴィスはこんなもんをバンバカ撃ちまくって当てているのだからあの人たちは余程訓練を積んでいるのだろう。

ちなみに写真には写っていませんが、地面のペットボトルの山に撃ち込むと派手にペットボトルが舞い上がり、凄まじいエネルギーを発生させていることがよく分かります。

なんにせよ有名な.44マグナムという弾薬を経験できて良かったです。自分は創作が趣味ですが、こういう経験があると自信をもって創作に取り入れられますし、迷いがなくなりますからね。(プロの心情はとても分かりませんが、少なくとも銃器に初めて触れた&経験の浅い素人のリアルな心情ならこうして理解できたわけですからね。)

そして6発で止めておいて良かったなぁ~と。手が痛くて楽しむどころじゃなかったですから。ただし、この手の痛みは設計の古い本銃だからであり、設計の新しいトーラス レイジングブルなどでは改善されているそうです。

 

 

そうだとしても片手で撃つのは無茶だろ、トラヴィス!?

 

 

 

夢の実弾射撃INグアム その2 ~45口径弾(.45ACP弾)編~

初日の夕食。最初くらいアメリカらしいものを…と食べましたが、正直味の方はモスやロッテリアの方が断然美味いな…と。13ドルもするのに(泣) ただビールが安いのだけは助かった。それと一つしか買っていないのにケチャップ、マスタード、タバスコが一杯ついてくるのもちょっとした驚きだった。ハンバーガー食べるのにタバスコ使うのか…?

45口径弾(.45ACP弾)

さてずいぶん時間が空いてしまいましたが、前回は9㎜ルガーと38口径のレポートをさせていただきました。

前述の二つは拳銃使用弾薬として非常にポピュラーですが、少しでも銃に対して興味のある人ならばもう一つ有名な弾薬があるのはご存じでしょう。

それが今回レポートする『45口径弾(.45ACP弾)』です。

アメリカで生まれた弾薬であり、コルトガバメント(M1911)の使用する弾薬としても非常に有名ですね。

私も今回ガバメントを実射してきました。

 

コルトガバメント。最近のプラスチック製の銃にはない武骨なデザインは確かに魅力かもしれないが…



まず、撃つ前に弾倉に弾込めをするのですが、9㎜ルガーと比べてみるとかなりデカい、いや太い!9㎜ルガーが『スラッ』としているのなら、45口径は『ずんぐりむっくり』と言いたくなる大きさをしているのが印象的。

弾を込めが終わり、コルトガバメントを握ってみますと……なーんか、違和感が。ガバメントはP226やM9の後に撃ちました。9㎜ルガーのそれらは手に『ピタッ』と吸いつくような滑らかさがあったのですが、ガバメントは明らかに持った感じがしっくりきません。

妙に角ばったグリップが手に反発するようでどうにも馴染みません。

そしていよいよ実射となりましたが、まず明らかに9㎜ルガーよりも反動は強いですね。ざっくりとした表現で申し訳ないですが、9㎜ルガーより体感で反動は二割増しといったことろでしょうか。銃口の跳ね上がりも明らかに高くなっています。

命中精度の方は明確なことはわかりませんが、反動が強いこともあり、9㎜より良いとはいえないでしょうね。

今回45口径はコルトガバメントしか撃ちませんでしたので他の最新式の銃も撃ってみればまた違う感想を持てたのかもしれません。(そもそも45口径は9㎜と比べて圧倒的に銃の種類が少ないのです。ガバメントシリーズを除くと本当に数種類しかない。)

 

結論を言ってしまうと9㎜ルガーと比べて持ち難く、反動が強いということに尽きませす。しかも不思議なことにガバメントはシングルカラム(弾倉内に弾を一列に並べて装填する方法)ですから、ダブルカラム(弾倉内に弾を二列に並べて装填する方法)であるP226やM9よりも理屈の上ではグリップは薄くなり、握りやすくなっているはずなのですが、実際にはコルトガバメントの方が握り難いという感想でした。

正直、観光射撃をする分には9㎜ルガーに勝っている部分が無い…と言いたくなります。(多様な銃種がある9㎜と比べてほとんどガバメントシリーズしかないというのも観光目的で45口径を選びにくい理由の一つです。ガバメントに惚れ込んでいる人なら良いでしょうが、そうでもない人にとっては同じシリーズの銃ばかり撃ってもなぁ…となりますので。)

と、それを言うと「いや45口径は9㎜よりも高威力なことが利点だ!」という声が聞こえてくるかと思います。

確かに実射してみても45口径の方が明らかに反動が大きい(=発生するエネルギーも大きい)ですし、数値上でも45口径は9㎜よりも高エネルギーなのは確かです。

 

見ての通り単純な数値は45口径の方が倍である。



こちらはお土産で貰った弾薬の空箱ですが、それぞれの火薬量も書いてあります。

見ての通り9㎜ルガーは115グレーンですが、45口径は230グレーンとなっており、数値上は45口径の方が二倍の火薬量を誇っていることが分かります。

そこから「反動は強くともそれだけ45口径の方が高威力なのだから、45口径の方が実戦的だ!」という考えが生まれているのも分かります。

でもねぇ、正直それって本当なのかなぁ??と思ってしまいます。確かに45口径の方が高威力なのかもしれませんが、それはこの反動の大きさと装弾数の少なさを上回るほどのものなのか?

そもそも9㎜だろうと45口径だろうと実際に人体に命中してしまえば同じことなのではないの?と思ってしまいます。確かに極度の興奮状態にある人や麻薬を使用している人は痛みを感じにくいですから、少しでも強力な弾薬を使用した方が安心だというのも分かりますが、そうだとしたら反動の少ない9㎜で確実に命中させた方が良くない?と素人考えでは思ってしまいます。(そもそも小口径弾威力不足論も実は弾が当たっていなかっただけなんじゃないの?という説もあるようです。そりゃ当たっていないなら相手も何事も無かったように突撃してきますよね、何事も無かったんだから。)

ちなみにW.F.V.のマスターにも色々話を聞きましたが、実際45口径と9㎜の威力差はほとんどないとのこと。

しかも、アメリカ生まれの45口径とはいえ現在、全米の警察官で45口径を使用している人は少数派であるとのことでした。まぁそりゃそうだよなぁと思います、だって明らかに9㎜の方が撃ちやすいんだもん。

現在、45口径に拘っている人は年配で特別に愛着を持っている人がほとんどなんだとか。(この辺はアメリカ車--アメ車とも似ているような気がします。アメリカ市場で完結しているので外国に広まる必要が無いといいますか。余談ですが、グアムは日本車が非常に多く走っていました。特に日産が強い印象を受けました。)

と、45口径に対してあまり良い印象は持てませんでした。一言で言い表すなら中途半端というところでしょうか。勿論、今回私が撃ったのはコルトガバメントという非常に設計が古い銃(なんせ戦前からある銃ですから)であり、比較的新しいP226やM9と比べるのはフェアでないというのも分かります。そこはHK45のような設計の新しい拳銃を撃ってから比較するべきなのでしょうね。