三貴子と天外魔境

古事記には数多くの神々とその子孫が登場します。一読するとカタカナの洪水のようであり、全てを覚えるのはよほどの日本神話マニアでもない限り不可能ではないかと思えるほどの情報量です。例として神産みの一部を抜粋してみましょう。

 

そのお産み遊ばされた神様の御名はまずオホコトオシヲの神、次にイハツチ彦の神、次にイハス姫の神、次にオホトヒワケの神、次にアメノフキヲの神、次にオホヤ彦の神、カゼモツワケノオシヲの神をお生みになりました。次に海の神のオホワタツミの神をお生みになり、次に水戸の神のハヤアキツ彦の神とハヤアキツ姫の神とをお生みになりました。

 

…はい、これでほんの一部です。この後まだまだまだまだカタカナが続きます。これを覚えるなど不可能な気がしますが、世の中にはこれをすべて覚えているマニアはおそらく実在するのでしょうねぇ…

しかし、これら古事記の登場人物(神)の大半は一度名前が出たきりで後は一切登場しません。ですから、古事記の登場人物名は一部を除いて無理に覚える必要はないかと思います。

では、古事記の中で名前が複数回登場し、特に重要な登場人物とは誰が該当するでしょうか。まずは、国産み・神産みを行い、全ての父と母である『イザナギ』『イザナミ』が上げられるでしょう。イザナギは黄泉の国においてイザナミと決別し、黄泉の国から帰還後に「わたしは随分厭な穢い国に行つたことだつた。私は禊をしようと思う」(ひっでぇ発言だなぁ…)と言って筑紫の日向においてその『穢れ』を落とすべく『禊』を行います。そこから数多くの神々が生まれます。そして最後にイザナギが左眼を洗うとそこから『天照大神(アマテラス)』が、右眼を洗うとそこから『月読命ツクヨミ)』が、最後に鼻を洗うとそこから『建速須佐之男命スサノオ)』が生まれます。この『アマテラス』『ツクヨミ』『スサノオ』の三神を『三貴子』と呼び、父神であるスサノオも「わたしは随分澤山の子を産んだが、一番しまいに三人の貴い御子を得た」と絶賛しています。

この三貴子ツクヨミのみは影が薄いですが、アマテラスとスサノオはその後も古事記に登場し続け、興味深い挿話も多いです。個人的な意見ですが、『神』という括りにおいてはイザナギイザナミ、そして三貴子古事記の主役なのではと感じます。これより時代が下るにつれて段々と『神』というより『人間』としての要素が強くなっている印象があり、ヤマトタケル辺りまで話が進むともう神ではなく、人間の戦士として描かれていますね。

ということで、父母神である『イザナギ』『イザナミ』と三貴子の『アマテラス』『ツクヨミ』『スサノオ』の五神が古事記のなかでも特に重要なのではないでしょうか。

 

さて以前に投稿した考察で『イザナギ』『イザナミ』と天外魔境Ⅱの関連について触れました。ジパングを創造したヨミとマリがイザナギイザナミだとしたら、子である三貴子天外魔境の世界にどのように関わっているのでしょうか。今回はアマテラス、ツクヨミスサノオ天外魔境Ⅱについて考察(こじつけ)していきたいと思います。

 

まずはイザナギの右目から生まれた『月読命ツクヨミ)』から。ツクヨミイザナギより「あたなは夜の世界を治めなさい」と命じられ、その『月』という名前があらわすように夜を支配する神とされています。しかし、アマテラスやスサノオと比べると古事記のおける記述が少なくあまり印象に残らない神です。しかし、古事記においては記述がほとんどないツクヨミですが、古事記と並ぶ日本神話の一つである『日本書紀』においてツクヨミは重要な役割を演じます。

日本書紀においてツクヨミは姉であるアマテラスから保食神ウケモチ)という神に会ってくるよう頼まれる。アマテラスの頼みを受けてツクヨミウケモチと面会しますが、その際ウケモチは自慢の料理でツクヨミを歓迎します。しかし、その料理というのが口から米、魚、肉などを吐き出して作ったのもであり、その様子を見ていたツクヨミは「なんという穢いことをするのだ!」と激怒してウケモチを切り殺してしまう。

その後、アマテラスの元に戻ったツクヨミウケモチとの一件を報告するが、ツクヨミウケモチを殺したことを知ったアマテラスは大いに怒り、悲しみ「もはやあなたと会いたくない」と言ってツクヨミと離別した。これが昼と夜の始まりとされる。

 

このエピソードどこかで聞いた覚えがないでしょうか?これは古事記におけるスサノオとオホゲツヒメのエピソードとほとんど一緒となっています。影の薄いツクヨミではありますが、実は豪傑としても有名なスサノオと表裏一体な存在なのかもしれません。

天外魔境Ⅱとツクヨミの関係としては巻物『月読』に名前が使われています。絹の純潔の鎖を道具として使用した際にも『月読』が発動されますので使用頻度が高い巻物かと思います。効果としては敵単体の攻撃力を下げるというものですが、『夜と月』という言葉からは攻撃、活動、上昇といった『動』のイメージより、静寂、静止、減退といった『静』のイメージが強いように感じますので、ツクヨミの印象とよく合う巻物だと思います。

 

では次は『天照大神(アマテラス)』について。

 天照大神といえば三貴子の中でも紅一点の存在であり、弟であるスサノオとの関係においても時に荒々しい武人としての一面を見せたかと思うとガキ大将の如く勝手気ままに振舞うスサノオを寛容な態度で受け入れる母親的な面も見せるなど、個人的な感想ですが、古事記において最も人間的な(神ですが)魅力にあふれた登場人物なのではと思います。(自分が嫌な目に遭っても相手を罰せずに、自分が引きこもってしまうあたりがスゴく良い…)

余談になりますが、今回の平成から令和への改元に際して天皇陛下の退位と即位のニュースが連日報道されましたが、その中で天皇陛下(現在の上皇)が『退位を天照大神に報告した。』という報道が何度も繰り返し行われたかと思います。なぜ天照大神に退位の報告をするのか、というと現在の皇室の血脈は遡れば天照大神から始まっているとされているからなのですね。(それが遺伝的、歴史学的に見て正しいかどうかは問題ではない。)

これをテレビで見た時はちょっと感動しましたねー。無粋なことを言わせていただくと古事記の内容が事実かどうか、と言われたらそれは『大半が作り話である。』ということになるでしょう。しかし、古事記の内容が歴史学的な観点から見て創作だとしてもそれが千年以上にわたって日本国と日本人の精神性の中核になっていることは動かしがたい事実であり、『作り話』に千年の重みがあって、それが国家と国民の中核になっているという意味では古事記に書かれていることは紛れもない『真実』なのだと思います。もし古事記が『真実』でなかったら、日本社会の根本に関わってくるわけです。(祝日なんてその根拠を失うわけですし)古事記とは事実のような作り話でもあり、作り話のような事実である訳ですが、それが西暦2019年の現代国家においても大真面目に社会の根拠として通用していることに感動してしまった訳です。そして飛躍したことを言わせていただくのなら、『真実』である古事記を基にして作られている天外魔境Ⅱもまた、『真実』なわけで、だからこそ何年経っても魅力を失わないのだと思います。

 

と、長い余談になりましたが、話を天照大神に戻しますと天外魔境Ⅱでは絹の専用最強武具である『天照の剣』に名前が使われています。(骨の剣は卍丸とカブキも装備できるので、絹専用の最強武具はこれになります。)絹は火の勇者の中で紅一点ですので女神であるアマテラスの名前が使われているのでしょうね。また、天照の剣は道具として使用すると回復巻物『日立』の効果がありますが、これは太陽が生命力の象徴とされているように太陽神でもあるアマテラスの生命力が反映されているのかもしれません。ちなみに『天照の剣』は『あまてらすのけん』ではなく『てんしょうのけん』と読みます。では、天照大神がモデルではないのか?と思ってしまいそうですが、場合によっては『てんしょう』と音読みする場合もあるようです。(しかし、個人的にはあまてらすのつるぎと読むのが一番カッコいい気がする…)

 

最期に『建速須佐之男命スサノオ)』について。

 古事記において父神であるイザナギに生み出された三貴子はそれぞれ使命を与えられアマテラスとツクヨミは自分の仕事に取り掛かりましたが、末っ子(?)のスサノオだけは、イザナギから与えられた使命を果たそうともせず、髭が胸までかかるような年齢になってもただ泣きわめいているだけでした。そこで父神であるイザナギが「なぜあなたは私から命じられた国を治めないで泣きわめいているのか」と問うとスサノオは「わたくしは母上のおいでになる黄泉の國に行きたいと思うので泣いております」と答えるとイザナギは怒りだして「それならあなたはこの国に住んではならない」と言ってスサノオを追い払ってしまう。

(余談ですが、父神イザナギは息子であるスサノオが自分の命じた仕事をサボっている事には怒らず、息子が母親に会いたいと発言したことで初めて激怒している。以前の考察で触れたように、イザナギは見るなの禁止を破ったため妻であるイザナミの怒りをかって離別してしまった。タブーは触れてはいけないからタブーなのであり、そのタブーに触れてしまったスサノオに怒りが向けられてしまったのはある意味では仕方のないことである。)

その後のスサノオは姉であるアマテラスを頼ろうとしてアマテラスに「弟は立派な心をもって私のところに来るのではあるまい、私の國を奪おうとしているのかもしれない。」と警戒され、潔白を証明するために『誓約』を立てて勝利するも、勝った勢いで調子に乗って姉の國で暴れまわって有名な『天岩戸事件』を引き起こしたり、天岩戸事件の後に天界から追放されるも下界で人々を苦しめていた八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治して英雄となったり…と波乱万丈な人生を送ることになります。

 

さてスサノオ天外魔境Ⅱの関係についてですが、アマテラスやツクヨミのように装備や巻物に名前は使われてはいません。唯一スサノオの名前が使われていると思われるのが、出雲の国と石見の国をつなぐ『須佐の風穴』でしょうか。この須佐の風穴の須佐とはスサノオが由来とされ、実際に山口県萩市には『須佐』という地名があり、こちらもスサノオが名前の由来とされています。余談ですが、須佐には須佐ホルンフェスという火サスの撮影でも出来そうなくらいの断崖絶壁がありまして、私はそこに行ったことがありますが、落ちたら絶対助からない高さなのに柵も無いという恐ろしさでもう行きたくないですねぇ…そして須佐ホルンフェスの売店に寄った際に別に欲しいものは無かったのですが、トイレだけ借りて帰るのも気が引けたので購入したのがご当地キャラ海野みこと』のピンバッヂ。しばらくバイクのバッグに付けていました。

 

 

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海野みことちゃんのピンバッジ。錆で顔面が悲惨なことになっている。

 

スサノオ古事記のなかでもヤマトタケルと並んで武勇に優れた英雄的イメージが強く、RPG的には最も『使える』存在であるように感じますが、前述のようにスサノオの名は地名に使われている程度です。古事記が主たる元ネタである天外魔境ⅡでなぜRPG的に美味しい存在であるはずのスサノオを前面に押し出さなかったのか、不思議ではありますが、よーく考えてみるとスサノオは名前が使われていないだけで重要なポジションで使われているのではないでしょうか。

天外魔境Ⅱで卍丸たちが旅をしている主目的はヨミの復活を防ぐために七本の暗黒ランを斬ることです。(当初は七本と思われたが、実は八本目があった)

この『八本』を斬る。という話のモチーフはおそらくスサノオの『八岐大蛇』退治が原型となっていると思われます。実際、これを裏付けるように天外魔境Ⅱにおいて正月の京都の宿屋で寝ているNPCがこのような台詞を言います。

 

八又のオロチを退治してる凄ノ王の

夢を見たよ!!正月そうそう

勇ましい夢で縁起がいいでしょ?

ただね 七本目のオロチの首を

切ったところで目が覚めちまってねぇ

続きはこれからまた見るのよ!

 

 

はい、思いっきり八岐大蛇の名前も出ていますし、スサノオにも触れられていますね。(しかし、凄ノ王だと永井豪の漫画になってしまう気がするが、当時のスタッフの遊び心なのか…?)

古事記においてスサノオは『八本』の首を持つ八岐大蛇を退治し、天外魔境Ⅱで卍丸は『八本』の暗黒ランを斬ってジパングに平和を取り戻します。つまり、天外魔境Ⅱにおいて戦国卍丸という主人公そのものがスサノオを原型としているのではないでしょうか。

また、卍丸は『聖剣』を手に入れてから暗黒ランを退治しますが、逆にスサノオヤマタノオロチを退治してから聖剣ともいえる『草薙の剣』を手に入れるという繋がりもあります。(ちなみに草薙の剣はカブキの最強装備でもある)

また、スサノオ卍丸の性格も共通点があるように感じます。スサノオは胸まで髭が垂れるような歳になってもいなくなった母神イザナミのことを思って泣き続け、話を聞きに来た父神イザナギに母親に会いたいと訴えてイザナギの怒りを買って追放されたことから分かるように母親想いで若い頃は少々甘ちゃんなところがあったようです。対する卍丸も父が失踪してからは母と二人暮らしであり、白川村の住民からも仲の良い母子であると認識されていたようです。卍丸自身も遠い旅先で故郷に残してきた母親に思いを馳せるシーンがあり、母親と卍丸は強い絆で結ばれているようです。

また、スサノオは父神であるイザナギに追放された後に姉であるアマテラスを頼りますが、そこでも調子に乗って田畑を荒らしたり、大事な神殿を滅茶苦茶にしたりと、まるでガキ大将のような振舞いに及びますが、ガキ大将ときたら卍丸ですよ。卍丸は15歳なのにまだガキ大将をやっている、とツッコまれているのをたまに見かけますが、スサノオなんて髭が胸に垂れるような歳になっているのにまだガキ大将をやっているのだから、卍丸は全く問題なし!

 

『8本』の敵の首を討てる武勇、『母』との強い絆で結ばれた愛情、そしてやんちゃな『ガキ大将』としての一面………こうして振り返るとスサノオは男という生き物の一種の理想像のようでもあり、男の原型のようでもあります。卍丸の原型がスサノオだとするのなら、戦国卍丸というRPGの主人公はまさしく『日本男児』を象徴する少年なのかもしれませんね。(テキトー)

 

 

 

 

 

 

古事記03現代語訳』 青空文庫 底本『古事記』角川文庫、角川書店 1956年

 

 

参考・引用ウェブサイト

 

歴戦の記録 http://www.reilou.sakura.ne.jp/tengai/index.shtml